【ペンスポ】スポーツライター・久保弘毅さんがコラムニストに
Pen&Co.が手がけるスポーツ特化型メディア「Pen&Sports[ペンスポ]」の創刊(2023年7月26日)まであと6日となりました。創刊前から多くの激励や好意的な反響をいただき、心強く思っています。今回は、ペンスポにコラムニストとして参画するスポーツライター・久保弘毅(くぼ・ひろき)さんを紹介します。
京都大薬学部→テレビ神奈川アナウンサー→スポーツライターに
久保さんは横浜市を拠点に、主にハンドボールや社会人野球などを取材して18年になるスポーツライターです。京都大学薬学部を卒業、テレビ神奈川でアナウンサーとして10年、勤めて退社。実況を担当したのがきっかけで好きになったハンドボールを中心に、雑誌などで執筆しています。専門誌「スポーツイベント・ハンドボール」への連載コラム ”Voice of Handball” は200回を超え、技術書にも数多く携わっています。
ペンスポ編集長・原田亜紀夫(元・朝日新聞東京本社スポーツ部次長)は「久保さんは多くの記者が東に行くなら、あえて西に出向くようなタイプ。私自身もあこがれる群れない記者(ライター)の典型です。特にハンドボールへの愛情(偏愛)は深く、マンツーマンディフェンスのように1人黙々と取材しているから、久保さんしか書けないことがたくさんあるはず。ぜひ、それをペンスポにぶつけてほしい」と招へいの理由を話しています。
以下は久保さん自身がつづった、波乱万丈!のプロフィールです。ぜひお読みくださいませ。
久保弘毅さんのプロフィール
1971年4月20日生まれ、奈良県出身としているが、厳密には大阪で生まれ、奈良の生駒山のふもとで育ち、大学時代は京都に下宿。部活は中学の時に軟式野球部。地区大会1回戦負けのチームの控えで、顧問のケツバットにおびえる日々を過ごした。高校は帰宅部。高2の時に、南海ホークス最後の試合を大阪球場に見に行ったのが思い出。山内孝徳の気迫に満ちた投球が好きだった。
1年浪人したのち、浪人中は「予備校で誰とも口をきかない」誓いを立てて成績が上がったが、人として大切なものをかなり失った。大学でも新たに作った友達は2人だけ。人とまともに話せないまま、大学での4年間をうだうだと過ごした。「理系も文系も関係ない」と、プロ野球の実況中継に憧れ、アナウンサー試験を受ける。
運よくテレビ神奈川の試験に合格したが、ここからが苦難の連続。しゃべれない以前に、人に質問ができない。周りがみんな怖そうに見える。口を開けば関西弁のイントネーションが出てしまう。あがり症で、あおられると頭が回らない。かっこよく言えば「言葉のイップス*」になった。*心理的な理由などで、できていたことができなくなる症状
入社1年目の夏に高校野球中継を10試合担当し、体重が7kg減る。ベルトの穴2つ分痩せて、ズボンがずり落ちそうになりながら会社に行っていた。
その後体重は元に戻ったが、アナウンス技術は一向に上達せず。実況もヘタクソで、球場でヤジられる始末。延長戦でもトイレに行かない膀胱の我慢強さぐらいしか、実況アナとしての適性がなかった。唯一性に合ったのがハンドボール中継。監督、選手が優しいし、試合時間もコンパクト。先輩方がプロ野球やサッカー、ラグビーで忙しいなか、若造はハンドボールでもやっとけということで、日本ハンドボールリーグの実況を任せてもらう。8年連続でプレーオフの男子決勝をしゃべらせてもらえたのは、今思うと大きな財産だった。
ハンドボール関連で印象に残っているのが、スペインリーグの映像を見ながら実況をつける仕事。「ワールドハンドボールレビュー」という番組で、「過去のスペインリーグの試合を見せて、アテネ五輪へ向けて日本のハンドボールファンを増やそう」という壮大なコンセプトのもと立ち上げられた。しかし営業部が30本の試合の映像をスペインで買いつけてきたはいいが、いつのどの試合かまったくわからない。映像を何度も見て、字幕を頼りにメンバーを調べて、どういう試合なのかを確認するところからがスタートだった。今思うとかなりいい加減な番組作りではあるが、番組のスーパーバイザー杉山茂さんからのFAXを頼りに、調べたり資料を作る時間は楽しかった。
2005年9月、どうにもならなくて会社を辞める。10年やってもアナウンスは上手くならず、頑張れば頑張るほどドツボにはまり、最後は無気力に。退職の挨拶をして会社を出る際に、受付のお姉さんから「今までで一番いい顔をしているね」と言われた。
実況は下手だけど、実況の資料を作るのは好きだったから、退職後はライターを志す。まずは好きなハンドボールを書こうと現場に足を運び、選手から「ニート」と呼ばれながらも、専門誌の「スポーツイベントハンドボール」の好意でコーナーを持たせてもらうことに。その連載も今では200回を超えるまでになった。またハンドボールの技術書にも執筆(ゴーストライター)として数多く携わる。特に日本代表の酒巻清治監督(現イズミメイプルレッズ監督)の教えを整理したことで、ハンドボールを見る目が養われた。普通にやれば6対6で絶対に人が余らないはずのセットOFで、どうやって数的優位を作り出すかを、取材という名の座学でみっちり教わった。
基本は見たい試合を勝手に見に行って、記事にするスタイル。できれば何度か話を聞いて、忘れたころにドカンと記事にしたい。だからあまり効率がよろしくない。でも取材で沢山話すうちに、「質問しなきゃ」と力まなくなった。あんなにしゃべるのが苦手だったアナウンサー時代がウソのように、普通に会話ができるようになった。そのあたりのコツは、女子選手との取材でつかめた気がする。特に須東三友紀GKコーチ(北國銀行・旧姓寺田)、岩見佳音GKコーチ(三重バイオレットアイリス)の2人には、現役時代からとても世話になった。2人とも言葉が豊かで、朗らかで、取材の現場で何度も助けてもらった。2人に会うのが、今も取材のモチベーションになっている。
ハンドボールだけでは食っていけないので、アマチュア野球にも手を出す。野球雑誌「野球小僧」(白夜書房、のちの「野球太郎」)で書けるようになり、社会人野球に居場所を見つける。監督や選手は、聞けばきちんと答えてくれる。ベテランの技術や考え方はとても奥が深い。応援歌の選曲にも独特の味がある。そして何よりも、取材で競合することが少ない。人のいない方ばかり行きたがるのがよくない癖。高校野球でも、強豪校より普通の公立高校の取材を好む。試合を見るのも、もちろん1人。某球団のスカウトが教えてくれた「スカウトは群れない」との言葉だけが心の支え。私は何をスカウトしているのか?
近年はどこも専門誌が縮小傾向。ハンドボールを思い切り書かせてもらえないストレスを抱えていたところ、ペンスポの原田編集長から声がかかった。ハンドボールの現場で何度か一緒に仕事をしたぐらいなのだが、直々にお誘いをいただく。ハンドボールを好きに書かせてもらえるのは非常にありがたい。近年はアウトプットがおろそかになっていたので、仕入れた情報をこのペンスポでどんどん出していこうと思う。
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