8/13「函館夜景の日」あの時、新聞社に送った手紙が現実に

北海道・函館育ちの私にとってきょう8月13日は「函館・夜景の日」だ。きょうは何の日?と検索すると、たいてい上位に出てくるようになった。いまから35年前、ふとひらめいて、この日を「函館・夜景の日」にしてはどうか、と北海道新聞に投書したのが、当時18歳(高校3年生)の自分だった。
なぜ8月13日なのか
夜景(ヤケイ)のヤは「八(ヤ)=8」、ケイはトランプの「K(キング)=13」の語呂合わせで8月13日、とした。地元の友人からは、この語呂合わせはちょっと無理がないか?とからかわれるが、お盆で帰省する市民も、観光客も多いこの日を「夜景の日」にして、函館を全国にアピールしては?というのがそもそもの着想だった。
夜景は市民の「生活の光」だ。過度のライトアップをしたり、花火を打ち上げたりはしなくてもいいから、8月13日の8時13分(ヤケイの日のヤケイの時刻)に「カーテンを開けよう」と呼びかけた。そして、一年のうちで最高の夜景をつくろう、ささやかでも夜景に「参加」することで、この日に市民の地元愛を結集しよう、と提言したのだった。

「書く」喜びの出発点
当時の私は東京の大学への進学が決まっていた。だから、ふるさとに「何か」を残していきたい思いがあった。インターネットもSNSも普及していないあのころ、新聞にも今以上の影響力があった。記者になりたい、と漠然と思ったのもそのころだ。
北海道新聞社に送った手紙に込めた、一片のアイデアが波紋のように広がって、少しずつ読者に届き、大人たちを巻き込んで、現実のものになる。そんな35年前の思いがけない経験は、田舎者の私にとって刺激的だった。それは、そののちに「書く」仕事に就き、それに喜びややりがいを感じ、いまもPen&Sports [ペンスポ] を続けられている原点であるような気がしている。
これまで私に影響を与えてくれた人々とのたくさんの出会いも、この記事を最後まで読んでくださり、応援してくださるみなさんとのつながりもすべて、この投書からスタートしたマラソンのように感じるのである。